〜第六十章〜運、絶好調(笑)〜




ちくしょうちくしょうちくしょう!!




避けられるなんて思わなかった。最低でも腕一本は失うと思っていた。





なのに





「邵可っ!!何をやっている!!」





黎深達は邵可の一撃をかわした。それは良かった。だが、戦闘が始まって一刻が経過するかという今も尚、
ぎりぎりではあったが、次々と繰り出される攻撃を黎深達はかわしていた。
それは、自分にとっては許し難いこと。道化師の中にイライラが募っていく。


しかもそれを煽るように



「ふんっ!!ざまあ見ろ!!お前如きが兄上を操れると思うなよっ!!」



黎深が挑発するように吐き捨てた。



「最初の余裕はどうした?私達に傷一つつけられていないじゃないかっ!!この満身創痍の私達にっ!!
よほど腕が悪いんだな?勿論、お前の腕がだ道化師っ」



「くっ!!」



「ふんっ!!お前にこの私を倒すなど不可能だ。痛めつけられたくなければとっとと兄上を元に戻せっ!!」



「煩い」



道化師は叫んだ。



「煩い煩い煩いっ!!お前なんかの指図なんて受けない。お前は此処でボクの玩具に殺されるんだっ!!
邵可、行けっ!!」



道化師の叫ぶ様な命令に、邵可が黎深達に突進していく。



「くっ!!」



それを何とか避けきる。



「あ、あぶねぇ……ってか、マジで死ぬかと思った……」



横を通り抜けていった刀身に、飛翔は激しく脈打つ心臓を抑える様に胸に手を当てて呟く。
正に、冷や汗ものである。果たして、黎深が自分の腕を強く引いてくれなければたぶん今ので死んでいた筈だ。


「気をつけろ、この鈍間っ」


「なんだと?!」


鈍間とは何なんだ!!


黎深の言い草に反応した飛翔は食って掛かった。


「てめぇ、幾ら30代に突入してるからって鈍間とは酷い言い方だなっ」


「ふんっ!!あの程度の攻撃を避けられない奴がでかい口を叩くなっ」


「何だと?!お前、普通の人間があんな攻撃を避けられるはずが無いだろうがっ!!一度目は偶然でも、
二度目は無理だ!!なのに何度も避けきれるてめぇが化けもんなんだよってうわぁぁ!!」



邵可が刀を片手に切り込んで来る。



「ちっ!こっちだっ!!」



黎深が飛翔の襟首を掴み引っ張る。飛翔が元居た場所を刀が通過していく。
そこに留まっていれば綺麗にスライスされていたのは間違いない。振り下ろされた際に巻き起こった風によって
切り裂かれた大地に飛翔は小さく悲鳴を上げた。


「って、マジやべえよっ!!」



「ったく、世話を焼かすなっ!!」


偉そうに言い放つ黎深。その悪友に飛翔は叫んだ。


「ってか、何度も何度も避けるてめぇは化け物かよっ!!つぅかお前武術の心得でもあるのか?!」


はっきり行って邵可が繰り出す刀裁きは一流のレベルだ。
それこそ、一流の武人でしか彼の攻撃は避けきれないだろう。


だが、それを黎深はいとも簡単ではないものの、しっかりと避けきっているのである。
飛翔が黎深に武術の心得があるのではないかと思っても不思議ではないだろう。




だが、黎深はまるで珍獣でも見るかの様な目つきで飛翔を見た。



「そんなもん誰がやるか。護身術程度しかやってないわっ!!」



「はぁ?!そんな程度でどうして邵可様の攻撃を避けれるんだよっ!!」



「知らんっ!!」


「知らんっ?!」


「そうだ。私に解るわけが無いだろう?唯、危ないと思って逃げたらたまたま避けきってるだけだ!!」


「なっ?!」


何の考えもなしなだけではなく、たまたまと言い切る黎深に、飛翔は驚愕した。
と言う事は、たまたま逃げた方向と逃げる瞬間が良かった――つまり、運が良かったと言う事らしい。



…………なんて強い悪運なんだっ!!



(こいつ、人間じゃねぇやっぱり!!)



元々人間じゃないと思っていたが、やはり絶対にこいつは人間じゃない。
そんなに運が続いてたまるかっ!!

しかし、そんな飛翔に黎深は胸を張って言った。


「ふっ!!これも日頃の行いが良いせいだろうっ!!」


ありえねぇ!!



きっと、この場に他の者達が居てもそう叫んだだろう。但し、心の中でだが。

取りあえず、このままだと色々な意味で精神的疲労が大きい事もあり、飛翔は話題を変える事にした。



「にしても、あの何時もは穏やかな邵可様が……」


ぽつりと呟く飛翔。一方、黎深は力強く宣言した。



「兄上……絶対にお助けしますっ!!」



黎深が兄への思いに燃える。そして決意新たに、道化師に叫んだ。



兄を戻せ



お前に兄をどうこうする事などできるわけがない




お前如きが触れていい相手ではない





しかし、その言葉がよりいっそう道化師の中に燻る憎悪に油を注いでいく。





ちくしょう、ちくしょう、ちくしょうっ!!





何でこいつなんだ!!なんでこの男なんだ!!こいつに一体何の価値がある!!




自分から全てを奪ったこの男に――






道化師の中に決して色褪せる事の無い憎悪が燃え滾る




「殺せ、殺せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」










「此処までか……案外役に立たないなぁ」



道化師達から少し離れた建物の屋根の上にて闘いを見物していた羅雁はつまらなそうに呟いた。
思ったよりも、あの道化師は役に立たない。あの程度の事で怒りを露にするなど。


「しかし、それにしてもあのブラコンの逃げっぷりは見事なものだ」



この国一番の凶者と謳われし黒狼――邵可。その男の攻撃を、護身術程度しか学んでいないあのブラコンが
全て避けきるなんて。




「運……だけでは片付けられないな」


というか、普通あんなにも運が続くわけがない。
いや、続く存在も居るには居る。俗に言う、運が強い、悪運強いという存在が。
だが、あのブラコンにはそれは当て嵌まらない。



「となると、何かの力が作用していると考えた方がいいだろう」



はてさて、とても興味深い



羅雁は目を細め、黎深を見つめた。





キィィィィィィィン







「………ああ、なるほど」


羅雁は納得した。



「あれなら邵可の攻撃なんて簡単に避けきるさ」




黎深に働いている力は確かにあった



では、どういうものか?




それは




「あいつの運が最高値まで引き上げられてる……」




そう――黎深が持つ運の力が現在最高値まで引き上げられているのであった。
それも、強制的に。


明らかに人為的なものである。



「………一体誰が」



誰がそんな事を。


だが、そこで羅雁の脳裏に一人の人物がよぎる。



「あの少女……」



自分がであった少女――蒼麗。だが、彼女は力が使えない落ち零れとして名高い。
当然、力を使わなければならない運の引き上げなど無理であろう。
しかし、あの少女はその力なしを補う為に色々な道具を作り出してはそれを利用して術を使っているという。
他の者達は、人間と同じ様な事をするなど墜ちたものだとか何だとか嘲笑っているらしいが、
その道具は中々侮れないと言う。それこそ、道具によっては下手な術者が放つ術よりもよっぽど威力のある術を
使用できると言う。勿論、回数は限られ、使用する際の代償も大きいが、羅雁にはても興味深い話であった。



というか、力が無くてもそれに嘆き悲しむだけでなく、腐るだけでなく、別のもので代用しようと前向きな所が好ましくさえ思う。




「たぶんな……」



羅雁の中に生まれる確信。



きっと、あの少女が何かをしたのだろう。彼女が作り出す道具の一つによって。




しかし――



「反動はかなり大きそうだな」




黎深の運のよさを見ながら、羅雁は呟いた。




最高値まで上げられた運の良さによって邵可の攻撃を避けきる黎深。
しかし、その運の良さは他から補充したものではなく、元々自分の中にあったものをかき集めて高くしている。
つまりどう言う事かと言うと、普通に生きていればその時その時で発揮する予定の運、未来の分の運を全て集めて
今に集中させて最高値まで引き上げていると言う物。しかし、そもそも人間が持つ運には限りがある。
使えば、それだけ減る。と言う事は、必ず後でこれが来るだろう。





運が悪いと言われる状況が





「………まぁ、それも全ては生きていてこそだが」



ちょっとだけ、黎深の未来を不憫に思う羅雁であった。
だが、すぐに口元を引き上げて自嘲の笑みを漏らす。



「くく、まぁ、その未来はまもなく打ち切られるんだろうが」



それも、自分達の手で




「さてと、そろそろ用意しておくか」



さあ、おいで?



この楽しい舞台に更なる惨劇の花を咲かす者よ




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